テクノロジーの分野で知らぬ人はいないほどのジャーナリストが、本田雅一氏だ。その本田氏が、ウェアラブルデバイスについて執筆する本連載。今回は先日お披露されたばかりのApple Watch Series 6が持つ、ウェルネス機としての実力と、Apple Watchの将来性について語る。
本田雅一:文 Text by Masakazu HondaApple Watch Series 6
アップルが発表した2020年モデルとなるApple Watch Series 6は、そのハードウェアだけを見れば順当な年次更新だ。内蔵するプロセッサが20%高速化し、さらにディスプレイの常時点灯モード時の明るさが25%向上した。後者のおかげで屋外でのランニング時、情報をちらりと見る際の視認性が上がっている。
もっとも、これらは半導体設計やOLEDディスプレイの発光効率向上といったテクノロジの進歩を考えるならば順当な歩みと言える。
Apple Watchの進化は、こうした電子機器としてのスペック以上にアップル自身による“用途提案”に合わせた細かな改良や内蔵するOS(基本ソフト。最新はwatchOS 7)の改善によって支えられている。
Apple Watch Series 6GPS+Cellularモデル。S6 SiP(64ビットデュアルコアプロセッサ搭載)。リチャージブルリチウムイオンバッテリー。パワーリザーブ約18時間。SS+グラファイトDLC(ケース径44mm)。50m防水。例えばwatchOS 7には睡眠追跡機能が加えられたが、当然ながら睡眠を追跡するということは、就寝時の充電ができないということだ。そこでゼロから満充電までの時間を約2.5時間から約1.5時間に高速化。80%までならば1時間で充電できる。入浴時や朝出かける前に充電するだけで、その日1日の充電を次足せるようにすることで、睡眠追跡機能を実用的にしようとしている。
これはほんの一例にしかすぎないが、Apple Watchが向いているのは“情報を受け取りユーザーに通知する”部分を大きく超えて、日々の生活をどうサポートするか? という方向に向いている。
ユーザーの声が示したApple Watchが進む道
昨年、Apple Watchを担当するアップルの幹部に取材した際、興味深いことを話していた。彼らは明確にApple Watchの未来を見据えていたのではなく、Apple Watchを使っている消費者の声が、この製品の可能性を教えてくれたのだという。
初代Apple Watchの時代、アップルは明らかに腕時計を意識していた。腕時計の文化をどう咀嚼し、エレクトロニクス製品と融合するかが大きなテーマだった。それゆえに、腕時計産業をリスペクトし、ケースの素材、磨き、新たに工夫したストラップの構造など、電子機器としてのスペック以外にも投資をしていた。
今回投入されたバックルレスストラップのソロループ(Solo Loop)。写真はシリコン糸に再生素材であるポリエステルフィラメント糸を1万6000本以上織り込んで作られた「ブレイデッド」タイプ。ほかにシリコンタイプも用意される。当時から運動習慣などを記録し、健康に役立てようという製品は多かったが、Apple Watchの方向性が定まり始めたのは心拍計を搭載するSeries 2が登場してからだ。
アップルが心拍計を搭載したのはワークアウト計測と、日々の生活の中でのバイタルサインの記録を行うためで、ちょっとした健康機能のひとつとして搭載しただけだった。Apple Watchならば、スマートフォンでワークアウトや日々の生活習慣の記録や振り返りがiPhoneで簡単かつ分かりやすい形でできますよ、ということだ。
ところが、心拍計を搭載してみると、それを使うユーザーあるいは医療関係者から「これは生命を助けるデバイスになる」と、アップルが想像していなかった領域への期待の声が寄せられたという。
心拍リズムの微細な変動、加速度計が検出する生活の様子などから、予備的になんらかの疾患、変調を知ったり、あるいは転倒して怪我をしてしまい動けなくなったなど高齢者に多い事故の検出。
Apple Watchが心拍計を搭載した時、それは明らかに“ウェルネス”の領域でしかなかったが、だんだんとヘルスケアの領域に踏み込み、そしてSeries 4ではECG計測機能を搭載することで、心臓に異常を感じた際に自ら心電図を取り、主治医に連絡する“メディカル”の領域にまで踏み込めるようになった。
“常に身に着けておくべき装置”を目指すApple Watch
自分たちが作っている装置には、もっと可能性があるのではないか。そう考え始めたことがECG計測機能へと結実し、今回、血中酸素酸素濃度を計測する赤外線センサー(アップルは医療向けではないことを明示するため血中酸素ウェルネスセンサーと呼んでいる)を搭載した。
現時点では自らアプリを動かして、あるいは定期的にバックグラウンドで計測することで、自らの健康状態を知るためだけの機能に過ぎない。対応アプリケーションも「血中酸素ウェルネス App」としており、あくまで医療用ではないという立て付けだ。このセンサーを用いたアプリの開発が行えても良いようなものだが、現時点でその可能性についてアップルは口を閉ざしている。
Series 6の発表において、彼らは血中酸素ウェルネスセンサーから得られる情報が心疾患にどう影響を与えるのかを研究する臨床試験プログラムを米国で開始していると話していた。さらには新型コロナウィルスが引き起こす肺炎に関して、特徴的な前兆が現れないかの臨床試験も予定されている。
ケースの裏側にある、緑と赤のLED・赤外線LEDが手首の血管を照射。その反射光の量をフォトダイオードが読み取り、血中の酸素量を算出する。下は計測時のイメージ画像。これらは学術機関が主導して行うものだが、幅広くApple Watch Series 6を使うユーザーが臨床試験に自ら参加できる窓口を用意することで試験の進展を助けることができるだろう。最終的に、それがどのような形で幅広く我々の生活に関わってくるかは、今後の研究の結果を待たねばならない。
今後、Apple Watchはセンサーを増やすだけではなく、センサー類を用いてどのようにユーザーの生活をサポートできるのかを消費者や研究者とともに考えていくプラットフォームにしていけば、いずれは“常に身に着けておくべき装置”としての立ち位置を確保できるはずだ。
右がApple Watch Series 5、左がApple Watch Series 6。Apple Watch Series 5では光学式の心拍センサーのみ搭載されているため、ケースバックの構造が異なっている。アップル自身がそうしたコンセプトを語っているわけではないが、同時に発表されたApple Watch SEやSolo Loopと名付けられた新しいストラップ、それにファミリー共有設定といった要素は、全て利用者の生活に寄り添うために提示した選択肢だと解釈できる。
“身に着けておきたい”に加えて“身に着けておいて欲しい”というニーズ
Apple Watch SEは、簡単にいえば常時点灯モードがないSeries 5である。ECG計測機能も(日本では認可されていないが)搭載されているなどApple Watchの基本形ともいるモデルだが、何より40mmケースならば3万円を切る価格設定が魅力だ。
ヘルスケアやワークアウト計測などが目的ならばApple Watch SEで機能、性能の両面で事足りる。おそらく今後数年にわたるwatchOSの進化にも対応できるだろう。またセルラー内蔵モデルが用意されていないがSeries 3も併売されており、こちらは2万円を切る設定だ。
こうしたお買い得モデルはApple Watchのシェア(スマートウォッチ市場では半分をすでに超えている)をさらに引き上げるだろうが、その意図はファミリー共有設定という機能に見ることができる。
ファミリー設定共有とは、家族のためのApple Watchを設定する機能だ。ファミリー設定共有でセットアップしたApple Watchを子供や高齢者に装着するよう促しておけば、所在地やバイタルの状況をリモートで把握できる。
ファミリー共有設定を使うと、ひとつのiPhoneに複数台のApple Watchをペアリングすることができる。Apple Watchが集めることができる情報は、WiFiだけでなく(契約を持っているなら)LTEからもペアリングしたiPhoneにまで送られるため、Wi-fiが扱えないような後期高齢者だけの世帯を抱えている場合や、子供の安全をもっとアクティブに守りたいといったニーズに応えることが可能だ。セルラー内蔵モデルならば(価格は上がってしまうが)、トランシーバー機能でどこにいても子供と連絡が取れたり、現在いる場所を把握することもできる。
筆者自身、この製品を高齢の母親に身に着けておいてほしいと感じている。おそらく子どもに対しても同じように思うだろう(もっとも、腕時計禁止の学校ルールなどの問題もあるが)。
このように考えるとバックルレスで快適に使えるSolo Loopというストラップを開発、投入してきたこととも符合する。いつ何時も装着し続けていても快適さを失わない。そんなところに目標を置くならば、多数のサイズを流通させねばならないとしても、このストラップを商品化する価値があると思うからだ。
本田雅一(ほんだ・まさかず)テクノロジージャーナリスト、オーディオ・ビジュアル評論家、商品企画・開発コンサルタント。1990年代初頭よりパソコン、IT、ネットワークサービスなどへの評論やコラムなどを執筆。現在はメーカーなどのアドバイザーを務めるほか、オーディオ・ビジュアル評論家としても活躍する。主な執筆先には、東洋経済オンラインなど。