AppleのU1チップとは、iPhone 11、iPhone 12、Apple Watch series 6、HomePod miniに内蔵されているUWB通信を使って10m程度の範囲内で相互に数センチ程度の誤差で位置特定をする専用チップです。あるデバイスが無線でパルスを出しそれを受け取ったデバイスがパルスを返すことで製品同士での位置測定がなされる仕組みです(図1参照)。使われるのは非常に弱いパルスなので広い帯域にわたって同時に送信されるのでノイズの影響を受けずに受信側が検出しやすいという特徴があります。また、位置測定の精度は10cm以下だといわれています。現時点ではiPhone同士でAirDropで写真を交換するときに相手のデバイスの方向を可視化するぐらいにしか使われていませんが、NearByInteractionというAPIが公開されていて、U1チップの機能を活用する様々なインタラクティブなアプリケーションの開発が可能になっています。
実は、近々Appleが発売すると噂されている忘れ物防止タグAirTag(仮)(*1)に搭載される見込みで、従来のTileなどのBluetooth/BLEを用いる他社の忘れ物防止タグと比べると、はるかに精度よく対象物の位置が特定できます。単なる忘れ物防止にとどまらず、物品管理や迷子予防など、ICタグなどの広範な用途を包括するかもしれないデバイスとして注目されています(1,2,3)。なお、AirTagに搭載されるのはU1チップではなく未公表のR1チップだという噂もあります。その場合それはおそらくU1チップのサブセットでTag側に求められる機能に絞ったものかもしれません。外観などその他の詳細情報もリークされています(4)が信ぴょう性に関しては今のところわかりません。
注1:Appleは本稿執筆時点ではまだ何も発表していませんので名称は仮のものです。以下「仮」という記述は省略し、AirTagが近い将来発売されるものと仮定して話を進めます。
(1) Yahoo!ニュース, Apple Watch series 6に密かに仕込まれていた「U1チップ」の驚くべきポテンシャル, 2020.9.17
(2) 酔いどれおやじのブログWP、「AirTagsは「R1 」チップを使用しており、「Find My Tag 」というiPhoneアプリがあるかも」 2020.6.17
(3) Apple Informed, “AirTags to use “R1” chip and may have an iPhone app named “Find My Tag””, 2020.6.17
(4) Engadget日本版 「アップル忘れ物防止タグAirTag、イベントで発表?「本物」を元にしたというレンダリング画像が公開」 2020.9.15
AppleのAirPods Maxの「仕様」のページ内には「U1チップ」あるいは「空間認識のための超広帯域チップ」は記載されていません(2021.1.1時点)。各種メディアでもU1チップを搭載していない旨が報道されています(5,6,7)。商品発売後には、iFixitでAirPods Maxの分解レポートが出ています(8)が、そのなかにもU1チップらしきものは見つかっていません。有名リーカーJon Posser氏の発言(9)などにより、今後の多くのApple製品にはU1チップが搭載され、相互に得られる位置情報を活用して、様々な便利な使い方が示されていくものと考えられています。もちろんその本命デバイスの一つがAirTagであり、もう一つがApple Glass(仮)(*2)です。それがなかったということで、賛否の議論が沸き起こっているのです。
注2: これも名称は仮です。Appleが近いうちに発表・発売すると噂されているARグラスのことです。
(5) Macrumors “AirPods Max Don't Contain U1 Chip for Ultra Wideband” 12/8
(6) 大陸移動「iPhone 11にも使用されているU1チップ、AirPods Maxは非搭載か」
2020.12.9
(7) Apple Insider “Apple's AirPods Max likely lacks U1 Ultra Wideband chip”
12.8
(8) iFixit、AirPods Max Teardown、2020.12.17
(9) Jon Prosserのtwitter
さて、AirPods MaxにU1チップが入っていないことで困ることは、「探す」機能に関しては典型的には以下の二つであると考えられます。
1.AirPods Maxから他のU1チップが探せない。
2.iPhoneやApple WatchからAirPods Maxが探せない。
実はAirPods MaxではU1チップによって装着したときの左右を識別しようとしているのではないかという噂もありました(10)。おそらく左右のイヤーカップの前方か後方にU1チップをつけておき、もう一方で受信したときの電波特性が異なるということを利用するのではないかと予想されます。前方なら鼻腔のあたり、後方なら小脳あたりを主として電波が通過するため、吸収特性が異なると考えたのでしょう(図2参照)。より簡単なこととして、非装着やケース収納なども識別できそうです。AirPods Maxにはインナーマイクもあるので、同じような原理で音を使って左右識別をすることもできそうです。スピーカー、マイクは高性能だと思うので、人には聞こえない超音波を使うという方法も考えられます。いずれにせよ識別性能を上げるに時間がかかって今回見送ったということが予想されます。なお、最近の特許によると、Appleはイヤーカップに耳周辺の皮膚表面の動きを見るセンサを入れて音声コマンドやサイレントジェスチャー(顎と下の動きで声を出さずにしゃべるなど)に使う仕掛けを考えているようです(11)。もしかしたらこのセンサのほうが左右識別には向いているかもしれません。一方、サイレントジェスチャーにはセンシングにはU1チップもまた有用かもしれません。
(10) Slashgear AirPods Max発表も最新のUWB用U1チップ搭載なしで賛否両論
12.9
(11) Patently Apple, Apple Reveals new Bioauthentication Sensors for future AirPods, Headphones & HMD that Learn the owner's Voice Commands & Silent Gestures
一般的に言われているのは開発遅れのためいろいろな機能を省略したということです。 そのうちの一つがU1チップで、おそらく前述の左右識別の開発が遅れたものの一つだと考えるのが妥当だと思います。ただそれだけならU1チップを入れておいて後でファームウエアのアップデートで対応するということも可能だったかもしれません。
もう一つ考えられることとして、U1チップの本来の機能であるiPhoneから探したり、AirTagを探したりする機能についても難航していたことが予想されます。その最大の要因はアルミカップかもしれません。よく知られているようにアルミは電波吸収体で広い帯域にわたって電波を吸収します。携帯電話をアルミホイルでくるむと着信できなくなるという話はご存じの方も多いと思います。特に、人がAirPods Maxを装着している状態だと、アルミカップのない側には人の耳があり、その奥には頭部(の中身)があります。これもまた水分を多く含むため電波が飛びにくいのです。もちろんイヤークッションやマイク穴、頭部から電波は漏れるでしょうが、もともとUWBで使うのが非常に微弱な電波パルスなので、実験してみないとわからないのですが、実用的なレベルでは外に向かってほとんど電波が飛ばないという可能性があります。
前述の「探す」機能に関する2点の不便に対してですが、1の「AirPods Maxから他のU1チップを探す」点については、一般にAirPods Maxを使う場合は通常手元にiPhoneかApple Watchがあるというのが答えではないかと思います。iPhoneかApple Watchで探せばよいということです。例外的なケースもありますが、それについては後述します。
2の「他のデバイスからAirPods Maxを探す」という点についてですが、これは人が装着していない時なので、U1チップを入れておけばアルミカップの悪影響を避けてUWB通信を使うことは十分できたはずです。しかし、AirPods Maxは比較的体積の大きいものですし、部屋から持ち出すことは少なく、見失うことはほとんどないとAppleの担当者は考えたのではないでしょうか。そして、もし頻繁に持ち出すことがあるならAirTagを貼りつければいいという考えなのかもしれません。何よりも(不思議なことに)AirPods Maxのイヤーカップにはアップルロゴがありません。AirTagを張り付けるためにそうしているとは考えられないでしょうか?また、専用ケースもその部分に若干の余裕を持たせていませんか(実物が手元にないので確認できませんが…)?実は他のデバイスから探す方法についても別の手段が考えられますので次に述べたいと思います。
想像の域に入りますが、AirPods MaxでU1チップなしに他のデバイスと相互に位置探索する方法があります。主としてiPhoneからAirPods Maxを探すことと、AirPods MaxでAirTagを探すことに方法について考えます。
iPhoneからAirPods Maxを探すのはU1チップがなくてもできます。一番簡単な方法は音(あるいは超音波)を使う方法です。すなわち、iPhoneのスピーカーで音を出してAirPods Maxの6つのマイクでそれを拾って解析するのです(図3参照)。AirPods MaxのマイクはiPhone自体で制御できるので、iPhoneから見たら自分で音を出して自分で拾って解析するということになります。音の方向を解析するのは到着時間の差や音量などで簡単にできるはずです。あと、可聴音でなくても超音波を使うという方法もあります。いずれにせよこれはAirPods Maxに十分なバッテリが残っているということを前提にする必要がありますので、バッテリがなくても探そうと思ったら前述のようにAirTagをつけておくのがよいということになります。
次にAirPods MaxでAirTagを探す方法ですが、これもU1チップなしに同様の方法が使えます。AirTagにはスピーカーが付いているという仮定での話ですが、AirPods MaxからSiriを立ち上げて、音声で「財布」とかいうとiPhoneからUWBでAirTagを探索すると同時に音を鳴らすことができるのかもしれません。もちろんiPhoneはUWBでAirTagとiPhoneの相対位置をとらえるのですが、同時にその音をAirPods Maxの6つのマイクで拾えばAirPods MaxとAirTagの相対位置も正確にとらえることができるでしょう。超音波が使えるかどうかですが、おそらくAirTagのスピーカーからは超音波は出ないでしょう。人にもわかるので可聴音でよいのではないでしょうか?
もう一つだけ追加として、アルミのイヤーカップは音もよく外部に伝えそうです。これまでの報告ではAirPods Maxで音が外によく漏れるという話がありますが、アルミ素材という点がかなり悪影響を与えているのではないでしょうか?逆に言うと、AirPodsから出す音はiPhone等のほかのデバイスでとらえることができるかもしれません。高性能ヘッドホンですから超音波もかなりの帯域のものまで出せるに違いなく、それはもしかしたら意外と遠くまで聞こえるかもしれません。つまり上述の二つは逆方向もでき、こうもりの「エコーロケーション」のようなほかの応用が考えられるかもしれないということです。
ちなみに位置計測に超音波を使うことは、20年以上前から研究分野では幅広く研究が行われています。本稿の内容はどちらかというと新しいアイデアというよりよく知られた技術なのです。
AirPods MaxになぜU1チップが搭載されていないのか?アルミカップだからかもしれないというのが最も単純な(筆者の想像する)答えです。なくてもよい、AirTagを探すときにはiPhoneを使え、AirPodsMaxを探したいならAirTagを貼れ、というのがもうちょっと開き直った(筆者の想像する)答えです。iPhoneにはアルミはあったとしてもサイドだけで両面はガラスです。背面がアルミのiPadはU1チップには向いていないかもしれなくて、現時点では搭載されていません。表のガラス面からはUWBの電波は出るでしょうが、金属の上で裏向けになっていたら厳しそうです。
U1チップは水も苦手です。音や超音波なら水中でも使えそうです。本稿執筆時点ではAirTagはまだ出ていませんが、本稿の内容を踏まえてAirTagのポテンシャルと限界、活用法などについて考え、その登場に備えておくのがよいのではないでしょうか?もちろんその先にはApple Glassがあるものと思われます。
ウェアラブルチャンネル(YouTube)、AirPods MaxにU1チップが搭載されていないのはなぜか?、2020.12.28 *3
注3 本稿はこの内容をもとに新しい考察を加え再構成したものです。