スイス2大時計フェアの取材歴25年以上という時計ジャーナリスト 渋谷ヤスヒトさんとアスキー編集部エリコが、時計業界にまつわる旬な話題を話すClubhouseの「時計トーク」Room。
毎週 日曜日の21時からレギュラーで開催するRoomで話したキーワードを基に、ASCII.jp上で時計業界のトピックスを紹介します。
これまでスイスの時計と宝飾品の見本市といえば「BaselWorld」が有名であったが……
今回は新型コロナウイルス危機が、世界の時計マーケットにどのような影響を与えたのか、データと共にご紹介、解説していきたいと思います。
世界の時計マーケットは前年比マイナス20%に
時計業界のマーケットの現状、景気動向を知る上で最も参考になる公的なデータが、スイスの時計業界の広報機関「スイス時計協会(略称FH)」が毎月発表している、スイス時計の世界への総輸出額です。
今回の新型コロナウイルス危機では世界でも日本でも、一部に「追い風」になった業界もありますが、基本的にはあらゆる業界の多くの企業がマイナスの、それも深刻な影響を受けました。時計業界も同様でした。
「2020年12月スイス時計輸出状況」スイス時計協会(略称FH)より
2021年1月28日にFHが発表したデータによれば、2020年のスイス時計の世界への総輸出額は、前年比マイナス21.8%。2019年の総輸出額217億スイスフラン(約2兆5534億円:1スイスフラン=117.67円換算)から21.8%マイナスの170億スイスフラン(約2兆3億円)へと激減しました。
これは12年前の2008年とほぼ同じ数字で、リーマンショックの2009年以来の大きな落ち込み。この数字は時計ばかりでなく部品も含めた数字で、腕時計の総輸出額は161億スイスフラン(約1兆8944億円)。こちらも金額ベースで前年比マイナス21.4%、本数ベースで前年比マイナス33.3%と大きく落ち込んでしまいました。
特に輸出額が大きく減ったのが5000スイスフラン(約60万円)以下の腕時計。つまりそれより高い腕時計は売れているということです。
日本でのスイス時計の販売も、前年比26.1%マイナス、11億8950スイスフラン(同じレート換算で1400億円)と世界全体より大きく落ち込みました。
ところで、日本への総輸出額は中国、アメリカ、香港に次ぐ第4位です。
いちばんどん底だったのは、初の緊急事態宣言で街がロックダウン状態になった2020年4月。2019年と比較すると、わずか14%ほどにしかなりませんでした。
ただ5月以降は右肩上がりに回復。11月には前年と同じ金額にまで戻っています。時計ブランドや時計専門店の方に状況を聞いても、時計は安定して売れているとのこと。この危機の中でも高い腕時計を購入する人が、日本には少なくないようです。
スマートウォッチが安い時計に代わるアイテムに!?
ところがこの状況で、売上がマイナスにならず、世界でも日本でも売れているのがスマートウォッチです。
「2020年第3四半期 世界/国内ウェアラブルデバイス市場規模」IDC Japanより
IT専門の調査会社・IDCの発表では、2020年第3四半期の世界のウェアラブルデバイスの出荷台数は、前年比35.1%プラスの1億2503万台。このうち、腕時計型は3290万台の出荷で前年比36.2%のプラスと、スイス時計とは逆に右肩上がりの成長を続けています。
日本国内の腕時計型デバイスは62.2万台で前年比9.7%のプラス。リストバンド型はさらに人気で、17.5万台で前年比149.4%プラスという、スゴい数字になっています。
日本では、5000スイスフラン(約60万円)以下の腕時計がまだまだ売れている状況ですが、時計ブランドや時計専門店などの話では、10万円以下の腕時計がなかなか売れず、どうしたら良いのか「打つ手なし」との声もあります。
この価格帯は、ちょうどスマートフォンやスマートウォッチと同じレンジ。初代のApple Watchが発売され「スマートウォッチ元年」と言われた2014年頃から、スマートウォッチは毎年のように着実に進化して、アーリーアダプター向けアイテムから、誰もが使えて便利なアイテムへと進化してきました。
思い返すと2015年、スイスの時計業界が日本のスイス大使館で筆者のようなジャーナリストや編集者を招いて「スマートウォッチの登場でスイス時計は生き残れるか」というテーマのトークセッションを開催したことがあります。
その際、筆者は「スイスの機械式時計はスマートウォッチのライバルではない。だから問題はない。ただ低価格のクォーツ式腕時計はスマートウォッチの登場で厳しい状況になるのでは」という認識を参加者と共有したことを憶えています。
「アップルウォッチ シリーズ6」を筆頭に、血中酸素ウエルネス(血液中の酸素飽和度)の測定機能や、心臓の異常を検知する機能、転倒検出機能などヘルスケア機能が増えていることもあり、高齢者のスマートウォッチ着用が増えることを考えると、デザインウォッチ以外の、機能的にシンプルな低価格のクォーツウォッチは、スマートウォッチや、スマートフォンと連携機能を持つコネクテッドウォッチにどんどん置き換えられていくのかもしれません。
高齢者のスマートフォン普及率も右肩上がりに上がっています。50代以下でスマートフォンを使っていない人は少ないですし、価格も同じですから。