本の挿絵やCDジャケット、チラシやポスターなど、ごく身近にあるさまざまなものに描かれ、私たちの生活を豊かにしてくれるイラスト。とくに家で過ごす時間が増えた昨今こそ、その面白さに気づく機会も多いのではないでしょうか。そんなイラストの描き手の発想の根源に迫るべく、3人のイラストレーターの制作現場や日々のワークスタイルを紹介する連載「イラストレーターの仕事風景」。
第1回目は、あだち麗三郎やEnjoy Music ClubらのCDジャケットのほか、書籍の表紙や装丁、アニメーションまで幅広く手がける、イラストレーターのいしいひろゆきが登場。
依頼仕事にも、つねに「あそび」を差し込んで楽しむ姿勢を忘れず、そのうえで「仕事はあんまりしたくない」と正直に語る彼の力の抜けたスタンスは、創作を志す人に勇気を与えるかもしれません。新作ペンタブレット「HUAWEI MatePad 11」を体験し、特別にイラストも描き下ろしてもらいました。
いしいさんが手掛けた、Enjoy Music Club『東京で考え中』リリックビデオ「じつはイラストレーターと名乗ることに対して、ちょっぴり違和感があるんです」
―いしいさんがイラストレーターを目指されたきっかけを教えてください。
いしい:じつは大学では映像を勉強していて、卒業後は映像制作会社に勤めたこともあったんです。ただ、自分の進む道を見つめ直したときに、もともと好きだった絵を描くことに挑戦したいと思って。それで、学校に通い始めました。
―一度は会社勤めをされてから、学校に通われたんですね。それは何歳のときですか?
いしい:29歳くらいだったと思います。だいぶ遅いですよね。通っていた「パレットクラブスクール」という学校は、安西水丸先生や和田誠先生、原田治先生などがかつて教鞭をとっていて。ぼくは安西水丸先生からの直接講義だけは受けることはできなかったんですけど、この三人の存在は本当に大きかったです。
―いしいさんのイラストにも、影響を与えていますか?
いしい:そうですね。この三人のような昭和~平成に描かれた平面的で情緒的なイラストは心に響くものがあって、いまでも大好きなイラストレーターの方々です。
イラストレーター 安西水丸の展覧会を企画運営している株式会社クレヴィスです。弊社運営の展覧会や関連書籍、グッズ、イベントの情報など様々な情報をみなさまにお届けします♪フォロー・いいね!をよろしくお願いします。 #安西水丸 #安西水丸展 #水丸展 pic.twitter.com/Seje1Q2aBZ
— イラストレーター 安西水丸 (@anzai_mizumaru) June 8, 2021安西水丸のイラスト
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和田誠のイラスト
―あの情緒的な表現は、いしいさんのイラストに通ずる部分がある気がします。日本独自のイラスト文化なんでしょうか?
いしい:安西水丸先生や和田誠先生は海外からの影響を強く受けておられると思います。それを日本的に昇華した感じがするんですよね。愛らしさがあって、見るとちょっと笑えたりして、心が豊かになる。そういうところが好きなんです。
―たしかに、独特なタッチがありますよね。
いしい:明瞭で爽やかな平面的な線なんですけど、そのなかに寂しさとかかっこよさがあって。でも決してかっこつけない大人のさりげなさを感じるというか。本当に情緒があるんですよね。
―いしいさんは制作の際、どういった着想から進められるんですか?
いしい:ぼくはとにかくファンタジーが好きなんです。現実にはないものを追い求めたい気持ちがあって。イラストとして一枚で表現する場合は、実在するモチーフを取り入れて、受け手とその世界との接点をつくることで、対話が成り立つようにしています。
いしい:ただ、じつはイラストレーターと名乗ることに対して、ちょっぴり違和感があるんです。「絵」を描くことと「イラスト」を描くことは自分のなかで違うと思っていて。
―それはどういうことでしょうか?
いしい:「イラスト」には、より明確な目的があるというか。たとえば、依頼してくださった方の要望に沿ったモチーフを考えますよね。キャラクターは笑顔でいなくちゃいけないとか、色味は明るいほうがいいとか、いろんなことを考えながら進めるので、「絵を描く」こととはまた違うと思います。絵は、もっと自由で制約のないなかで生み出す行為なのかなと思ったり。どちらもすごく楽しいんですけどね。
―自発的に描くのが絵で、依頼されて描くのがイラスト?
いしい:難しいんですけど、それもちょっと違って。感覚的な言い方ですが、ノリが異なるんですよね。極端に言うと、人にわかってもらわなくていいというか、自分がきれいだと思う色とか面白いモチーフを自由に描けるのが絵で、イラストはもう少し狙いがあるという感じ。
制約のなかで描く楽しさはあるんですけど、イラストは既存のものに寄り添う感覚なんです。絵はまだ見たことのないものを求める。だから、ワクワクの種類が違うんですよね。
―好きなことをお仕事にされたわけですが、イラストを描くのが嫌になったことはないですか?
いしい:うーん、ほとんどないんじゃないかなぁ。「こういう表現はダメ」とか「要望に対してこうしなきゃ」みたいなジレンマを感じていた時期はありましたけど、いまは自分の感覚と社会が求めている感覚が近くなったので、そこの距離はほとんどなくなった。なので、嫌になるということはほとんどないかもしれません。
「自分でも笑ってしまうような、遊び心のあるイラストを描きたい」
―この仕事をしていて、一番喜びに感じることはなんでしょうか?
いしい:「イラストを描くことが持つ意味ってなんだろう」ということを考えたときに、少しでも笑えることを生み出しやすいのがイラストだと思うんです。
たとえば、ついこの間サッカー雑誌の表紙イラストを描いたんですけど、端っこに小さく「アリのフォーメーション」を描いておいたんです。依頼にはなかったことなんですけど、なんか面白いなと思って。描きながら自分でも笑っちゃって(笑)。
―角砂糖を狙ってアリ同士がフォーメーションを組んでいるんですね(笑)。
いしい:依頼には応えつつ、ギリギリのところでヘンテコなモチーフを入れてみて、それが世に出ることを想像して制作中に一人で笑っちゃったりしてます(笑)。自分の遊び心が仕事になる感覚は忘れちゃいけないですよね。これを失うと、どんどん辛くなってしまうのかなと思います。
いしいさんの1日のタイムスケジュールを紹介
―今日はいしいさんの自宅兼仕事場にお邪魔していますが、仕事場のこだわりはありますか?
いしい:昼寝ができるソファがあることですかね(笑)。前まではここにベッドが置いてあったんですけど、それだと本気で寝過ぎちゃってよくない、ということでソファに変えました。
―1日の仕事のタイムスケジュールを教えてください。
10:00 起床。起きてすぐにゲームを開始12:00 (お腹空いたら)朝食兼昼食13:00 お昼寝14:00 イラスト制作開始17:00 近所の喫茶店に行き、アイデアを考える19:00 夕食20:00 イラスト制作、もしくはゲームをしたりサッカーを観たり27:00 就寝
いしい:昼寝したりゲームばっかりしちゃうダメ人間で、本当にいつも適当です(笑)。
―どんなゲームをされるんですか?
いしい:いまは『Stardew Valley』や『RimWorld』というPCゲームをやっています。絵を描くことって普通は現実逃避のようなものですけど、ぼくはそれが仕事だから、またその現実逃避でゲームをやるっていう謎のループですね(笑)。
―現実逃避し続けることが創作の秘訣という(笑)。コロナ禍において、なにか生活に変化はありましたか?
いしい:もともとゲーム好きの引きこもり体質なので、ほとんど変わらないですね。ルーティーンとして、毎日数時間だけ喫茶店に行ってイラストのアイデアを考える時間はつくっています。
―自由に遊んでいるような生活のなかで、仕事の時間だけは決めているんですね。
いしい:そうですね。ただ、毎日時間の使い方が自由なので、昨日なにをしてたのかも覚えていないことがよくあります(笑)。
いしいさんのイラストを支える、愛用グッズ3点
―そんないしいさんのイラスト制作に欠かせない、お気に入りのアイテムを教えてください。
いしい:長い時間、パソコンに向かっていると姿勢が悪くなってくるので、これで気づいたときに肩や背中を伸ばしています。数年前にネットで購入しました。
いしい:本来はオブジェだと思うんですが、座りっぱなしでお尻や腿裏が疲れたときに、この上に座ったりして筋肉をほぐしています。吉祥寺の雑貨屋で購入しました。
いしい:どれも微妙な表情が可愛くて好きなんです。作業場の窓辺に置いていて、仕事に疲れたときに眺めて癒されています。すべていただきものです。
キャタクターづくりへの挑戦。「お金より楽しさを大事にしたい」
―いしいさんは普段、ペンタブレットでイラストを描かれているそうですが、今回は「HUAWEI MatePad 11」を使ってイラストを描いていただきました。この作品は、ぶたの家族ですか?
いしい:そうですね。ぶたが好きなんですよね。
普段のぼくは、手元のタブレットを使ってパソコンの画面を見ながら描いているんですけど、HUAWEI MatePad 11は液晶ペンタブレットの上に直接描けるので、紙に描いている感覚に近かったです。普段よりもライブ感がありました。線がはみ出しても、普段なら修正するところが味になっていくような。
―手描きとデジタルの中間みたいな感覚ですかね。
いしい:そんな感じですよね。このイラストは下書きなしで進めました。ぼくはとにかく、丸いものが昔から好きなんです。とくに最近ずっとぶたにハマっていて(笑)。
―いいですね、ぶたの家族。描き心地的はいかがですか?
いしい:コツコツと画面にペンが当たる感覚と、線を引くときの滑らかな感触が気持ちよかったです。
あと、液晶ペンタブレットは、本体を回しながら描けるのは利点かもしれないと思いました。パソコンだと、たとえば横を向いているキャラクターの場合イラストを回転させるか、ぼくが首を傾けますけど(笑)、タブレットだと端末をそのまま角度を変えて描けるので、これも紙に描いている感覚に近くていい。
ー今後やってみたいこと、挑戦したいことはありますか?
いしい:まず絵本を描くことと、自分のキャラクターグッズを展開できたらいいなと思っています。
イラストって、手法も表現の仕方も含めて、すでに先人たちがやり尽くした分野だと思うので、自分自身が新しいものを生み出せるとは思わなくて。
だから、キャラクターをつくって、立体的な造形として打ち出せば、オリジナリティーを確立できたりするのかな、みたいなことを考えています。いただいた仕事をこなしつつ、自立してものをつくっていけるクリエイターになりたいですね。
―なるほど。ここまでお話をうかがってきて、肩肘張らず自然体にイラストに向き合っている姿勢が印象的だなと感じました。いしいさんがイラストレーターとして活躍されている理由は、どんな点にあるとご自身で思いますか?
いしい:偉そうなことは言えないですけど、まずは楽しむのがいいかなあと思いますね。苦しみながら描かれた絵も魅力的なんですけど、ぼくはどちらかと言うと楽しむほう。
考えたことのないようなものを描くのも楽しいし、没頭して自分のなかにあるイメージを描くのも楽しい。そういう「楽しむ」感覚を大切にしていくのがいいんじゃないかな。お金よりも楽しさを感じられるといいなと、ぼくは思いますね。