【香港】3年近く前にカナダで拘束されるまで、孟晩舟氏は向かうところ敵なしだった中国通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)の最高財務責任者(CFO)として世界を飛び回っていた。
今年9月末に中国に帰国した同氏が目にしたファーウェイの姿は、以前とは一変しており、米国の制裁によって後退を強いられ、今後の生き残り策を模索する企業になっていた。
ファーウェイは深刻な経営不振のさなかにある。さして遠くない過去である昨年初めには、同社は世界最大の通信機器メーカーとして、浸透し始めた第5世代移動通信システム(5G)の市場シェアを拡大し、世界のスマートフォン市場のトップへと駆け上がりつつあった。当時の米トランプ政権が課した同社製品への輸入規制が1年にわたって適用されていたにもかかわらず、同社はこうした成果を上げていた。
現在同社の売上高は、四半期ベースで3期連続の減少を記録。スマートフォン売上高で見た同社の順位は、欧州と中国での購入者急減を受けて9位に後退している。世界の通信市場での同社のシェアも、主要市場での後退によって低下している。米国の圧力によって、同社の5G技術の普及が抑制された上、一部の顧客企業が同社の技術面での競争力維持能力に懸念を抱いているためだ。
米政府は、米国の技術を利用して作られた部品やソフトウエアをファーウェイが活用できないようにするため、広範な規制措置を導入。これを受けて、携帯電話機など同社のさまざまな事業分野に必要な部品の調達が難しくなっている。米政府は、ファーウェイが企業秘密を盗んだり、制裁に違反したりしていると非難しているが、同社はこうした米側の主張を否定している。
米国の政府当局者と議員たちは、ファーウェイが安全保障上の脅威になっているとの見方を変えていない。それは、ファーウェイの機器が世界の通信市場に組み込まれているため、中国政府が民間企業である同社のこうした機器をスパイ行為や通信妨害に利用する恐れがあると懸念しているからだ。
ファーウェイは、同社が安全保障上の脅威になることはないと繰り返し主張しており、米国の制裁は不当だと訴えている。同社は、米政府に再考を求めるため、米国内のロビー活動や広報活動の予算を拡大したが、米側は制裁解除に向けた明確な道筋を同社に示していない。
米国の制裁措置によって、ファーウェイの半導体調達の経路は米国以外の地域でも狭まった。このため同社は、格安スマホ部門の売却を強いられ、今年のスマホ売上高の減少幅が最大400億ドル(約4兆4650億円)に達するとの見通しを示すことになった。同社の中国市場への依存度は高まっており、昨年には全売上高の3分の2を占めた。同比率は2017年には5割だった。
米政府の同社への制裁は、利用可能な措置の中で最も破壊力のある部類のものであり、成功を収めている。その影響で同社は、新たな事業分野への進出の試みや、海外市場の明け渡し、米国を排除する形でのサプライチェーン(供給網)の構築などを強いられた。その間に、同社の高度な半導体の在庫は減少していった。米国が、ファーウェイのような海外の大企業を直接の攻撃対象とし、これほどの打撃を与えた例は、たとえあったとしても、極めてまれだ。
ファーウェイの経営幹部らは、電気自動車(EV)・ソフトウエア・石炭採掘技術などへの事業分野のシフトを図っており、こうした対応についてしばしば生き残りのための戦いだと説明している。しかしその取り組みの多くは依然として初期段階にあり、売上高に占める比率は極めて小さい。
ファーウェイの中核事業である通信機器の販売も苦況に陥りつつある。2021年上半期には、通信基地局、ルーターなど通信事業者向け機器の同社売上高は、前年同期比で14%減少し、1369億元(約2兆3440億円)となった。
ファーウェイはそうしたトラブルにもかかわらず、毎四半期利益を出し、昨年末には550億ドル相当の現金および短期証券の保有を開示していた。幹部は同社の豊富な研究開発予算が保険になっていると述べる。同社は昨年、研究開発に220億ドルを費やしたことを明らかにした。これはアップルが直近年度に費やした額を上回る。
ファーウェイは通信機器の販売収入について、中国の5G普及が加速するのに伴い、最終的には年末までに「控えめだが堅調な成長」をみせるとの見方を示している。しかし、新興の事業が近いうちにスマートフォンの販売低迷による収入減を埋め合わせる可能性は低いことを認めている。
孟氏は9月25日、中国・カナダ間の囚人交換のようなものの一環で中国に帰国し、英雄のような出迎えを受けた。同氏はファーウェイがイランで行っているとされた事業について同社の取引銀行に虚偽の説明をしたとして、米国に身柄引き渡しを求められていた。同氏はそれに異議を申し立て、その間、行動が制限されていた。
孟氏は無罪を主張しながらも一部の不正行為を認めた。これは米国が訴追を延期し、孟氏が合意条件に違反しなければ来年には訴追を取り下げるとしたことの見返りだった。同氏はファーウェイの有力な創業者である任正非最高経営責任者(CEO)の娘。
中国では、2人のカナダ人も中国の刑務所から釈放される結果となったこの取引が、ファーウェイにとって大きな勝利だと受け止められているものの、米国が同社に科す制裁が緩和されている兆候はほとんどない。バイデン政権の当局者は、孟氏の釈放が米国の政策の軟化を示すものではないと話す。ジーナ・レモンド商務長官は報道機関に対し、同省としてはファーウェイによる先進的なチップの入手を阻む取り組みを続けると述べた。
ファーウェイは2020年6月、上海のアールデコ調の建物内に広大な小売店を開設した。ファンたちはテーブルに並べられたスマートウオッチ、タブレット端末やスマートフォンを見ようと、店の外に列を作った。
現在そこに行くと、違ったシーンに遭遇する。ある8月の平日には、3台のハイブリッドのSUV(スポーツ用多目的車)が目立つ所に並べられ、携帯電話はサイドテーブルに追いやられていた。販売員は携帯電話の在庫が多くないと注意を促していた。ファーウェイは長年の事業分野を強調せず、電気自動車(EV)に使われるシステムなど、新興の事業に重きを置いていた。
並べられていた車は、小さな中国の自動車メーカーがファーウェイ向けに製造した「セレス(賽力斯)SF5」だった。ファーウェイはこの車の電気駆動システムと電子機器を設計した。同社は国有自動車メーカーの北京汽車集団(BAICグループ)とも先進的な車を開発し、年末までの販売開始を目指している。
ファーウェイは年末までに中国各地の1000店で車の販売を開始すると述べている。幹部は来年に30万台を販売するという野心的な目標を立てている。これはテスラが今年1月から8月までに中国で販売した台数のほぼ2倍だ。
ファーウェイの消費者向け事業の責任者を務める余承東(リチャード・ユー)氏は今年、「ファーウェイは車を販売することで、米国による同社電話事業への制限から生じている利益減の影響を相殺できる」と述べていた。
同社は混み合った中国のEV業界で厳しい競争に直面する。EVの販売は急成長しているが、何百もの新規参入者が出現している。中国の主要な技術規制当局は今年9月、同セクター内の企業が多過ぎるとして、統合を促した。
ファーウェイの他の新たな事業は、同社の方向性が海外のサプライチェーンを必要とするハードウエアからソフトウエアへとシフトしていることを示唆している。
グーグルの基本ソフト(OS)「アンドロイド」系の大半の機能が米国の規制により利用できなくなったため、ファーウェイはこの夏、スマホ向けに独自OS「鴻蒙」(ハーモニー)の投入を開始した。技術者はその開発に何年もかけ、最初にスマートウォッチやスピーカーにこのOSを搭載した。役員らはこのOSをスマホに搭載することには抵抗したものの、アンドロイドを利用するファーウェイのスマホの主要機能が失われたことから、実施せざるを得なかった。
ファーウェイの役員は、携帯電話や関連機器を手掛ける他の企業もこの新OSを採用することを期待している。これまでのところ、同OSを採用した企業はハイアール(海爾)やミディア(美的)など、インターネットに接続する家電を手掛ける中国メーカーが中心だ。ファーウェイは1億人以上のスマホユーザーが現在、ハーモニーOSを利用していると説明している。
香港に拠点を置くカウンターポイント・リサーチのバイスプレジデント、ニール・シャー(Neil Shah)氏によれば、ユーザーはほとんど全てが中国に限定されている。米政府の制裁措置により、ファーウェイのアプリストアからはネットフリックス・フェイスブック・ウーバーなど人気の高い米国のアプリが除外されており、欧米諸国での人気を低下させている。中国メーカーの中で世界最大のスマホの売り上げを誇るメーカーの座をファーウェイから奪取したシャオミ(小米)を含め、同国のライバルメーカーは自社製品に引き続きアンドロイドを搭載している。
今年明らかになった他の新規事業には、養豚への人工知能(AI)の導入や、魚の養殖監視用の5Gカメラなどが含まれる。5月には香港を拠点とする美容品販売会社が、データ分析や電子決済など小売り関連システムの提供企業としてファーウェイを選定している。
香港の調査会社ガベカル・ドラゴノミクスの技術アナリストで上海を拠点とするダン・ワン氏は、「新たな分野の試みで、スマホ販売の落ち込みを補うのに十分な規模を持つものは一つもない」と指摘した。
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購読ファーウェイの徐直軍(エリック・シュー)副会長兼輪番会長は今年に入り、同社が半導体在庫を効率的に活用する対応策を見いだしたと述べていた。現在、一部で在庫不足が起きていると思われる。同社が今年7月に発表したスマホのフラッグシップモデル「P50」は5G対応ではない機種だった。同社は高性能チップの不足を理由に挙げていた。
任氏は8月、社員向けの演説で、「過去2年間にわたる米国の規制措置に伴い、われわれはもはや、最良の製品を作るために最良の部品の採用を目指すことはない」と語った。同氏は、ファーウェイがその代わりに「適切な部品を使った高品質の製品の生産へと対応を切り替えつつあり、これによって収益性を大幅に改善した」と述べた。
ファーウェイは、基地局・ルーター・スイッチなど通信機器を販売する同社の主要事業で、部品供給は引き続き十分足りていると説明している。
米外交問題評議会の今年3月の集計によれば、米政府がファーウェイのネットワークには安全保障上のリスクがあると主張する政策を打ち出したのを受け、同社は英国、オーストラリア、日本など9市場の5G事業から締め出された。さらに多くの国が同社の技術に対して規制をかけている。
調査会社のデローログループによれば、ファーウェイの通信機器市場におけるシェアは2007年以降毎年拡大していたが、今年上半期は29%となり、前年の31%を下回った。